ナポリ地方では「ブアッタ」という用語は、通常、トマトが入っている缶に対して使われ、これは容器を差す「ボアト」というフランス語に由来します。そして実際、すべてはこの「ブアッタ」から始まります。
何でかといいますと、もしアンナの母親であるミケリーナが、「金の果実」-私はあえてこう呼ぶのが好きなのですが―を洗浄、缶詰めにする有名な季節労働の「女性」を20年間も勤めていなかったら、自分の娘にこの仕事を継がせるお願いを雇い主にする事は出来なかったでしょう。仕事の依頼は知り合いや友人、または推薦によって来るものだからです。
仕事のシーズンは6月末に始まり、9月の終わり頃に終了します。ここでは、サンマルツァーノトマト、ダッテリーニ、コルバリニ、ティグラティ、イエロー、ブラック、ロマノトマトなど、いくつかの品種が取り扱われます。
アンナは缶詰めラインを担当していました。ここではあとはこのブアッタに蓋をするだけという段階でしたが、その朝、彼女は彼女の物語と人生の一部が海の向こうの地球の反対側の国に渡るなんて当然知る由もありませんでした。
同じ会社で働くフランコはラインのメンテナンスを担当しています。彼は結婚して10年になり、子供もいます。 妻のチンツィアは付き合っている時に妊娠してしまい、そのため彼は不本意ながらも彼女と結婚することを余儀なくされてしまいました。
フランコはアンナをひそかに愛していました。
彼は仕事の最初の日の朝に彼女を見かけ、それからというもの彼女について考えることを止めることが出来ませんでした。あらゆる理由をつけては彼女が働いているエリアに作業に行っていました。
その控えめかつ効率的な出現はアンナに気付かれないはずはありません。フランコはまだハンサムな若い男でしたが、彼女の前では恥ずかしがり屋の子羊のようになってしまい、もそもそと「どうも! お元気ですか?」という他は何も言えませんでした。
フランコは、この女性に身体的ではなく精神的に惹かれていると感じていました。 二人は休憩時間中やシフトの勤務終了時、また全員が一緒に出かけたときに彼は勇気を出してより知り合いになりました。彼女は彼が結婚していることを知っていたので純粋にプラトニックな友情が始まりました。
しかし、7月のある朝、フランコはもう自分が止められず、彼の愛を宣言しなければなりませんでした。彼がとりつかれた、たった一つの想いのせいで、彼はもはや毎晩眠ることが出来なくなってしまっていました。それは彼はアンナを愛しており、ずっと一緒にいたいという想いです。 しかし、強い想いにも関わらず、大きな恥ずかしさと衝突していたので、彼の言葉を紙に書くことに決めました。彼は彼女を愛し、彼は妻と離婚したいと述べ、彼女が、いや彼女だけが彼の人生の女性であり、自分が感じたことを言葉で話すことは不可能だったという事実を含めて、アンナが彼に呼び起こしたという感情や想いを書き連ねました。
手紙の受け渡しは、シフトの開始時のとある早朝に行われました。 アンナはいつものように缶詰ラインにいました。 その時の生産はとても厳しい顧客向けの製品で、細心の注意が要求されていました。皮剥きサンマルツァーノトマトの3キログラム缶です。この顧客はイシカワ・ハルシロという名で、毎年彼は日本のレストラン向けに大量のトマトを注文しました。
同社のオーナー兄弟の一人であるジョヴァンニは、製品の製法と品質でこの顧客の信頼を獲得していました。 ハルシロは決して失望したことはありませんでした。 日本人は仕事上では冗談は通じません。私たちは生きるために働きますが、彼ら日本人は仕事のために生きており、そして、真剣さ、正確さと精密さは彼らとの関係を保つための基本です。
しかし、アンナとフランコがこの繊細で統合されたバランスを変えようしていました。
フランコは、設備をチェックするという言い訳で緊張しながらアンナの近くに行き、作業をしながら「できるだけ早く読んで」と手紙を手渡します。
機会はほとんどすぐに訪れました。 新しい缶がセットされるために製造ラインが一時停止となり、アンナは手紙を読む時間が出来ました。 彼女は混乱し、動揺し、同時にフランコの言葉に悩まされていました。製造ライン再開の信号が彼女を現実に戻したときには、彼女はすでに二人についてのことを空想していました。
彼女は手紙を手に持ったままでしたが、製造ラインの缶は既に動き始めていました。彼女は結婚していて子供までいる人から貰ったその手紙を家に持ち帰ることを望んでおらず、望んだとしても家に持ち帰ることもできませんでした。
彼女は手紙を丸めて小さな玉状にし、製造ラインにあるゴミ箱に投げ入れました。そのすぐ隣には空の缶が赤い金の果実で満たされるのを待っています。彼女は丸めた紙を投げたすぐ後にゴミ箱の方から振り返り、製造ラインのリズムを失わないように作業の方に向き直りました。
しかし、投げられた紙の玉は工場の配管にぶつかり、跳ね返って事もあろうかこの後自動的にトマトで満たされるのを待っている「ブアッタ」の1つに入ってしまいました。そしてそのわずか数秒後にはアンナの製造ラインに缶が到達してきましたが、そんな事が起こったなどとは知る由もありません。
缶には蓋がされ、梱包され、出荷の準備が整い、空港に運ばれて東京に向けて出発しました。
15日後、イタリア時間14:53、東京時間では21:53に、工場の所有者の1人であるジョヴァンニが世界の反対側からの電話を受けとりました。電話口にはイシカワ・ハルシロがおり、片言のイタリア語に加え英語と日本語のミックスで、以前の会議では随分交流と理解の助けとなったジェスチャーは今回は無しで、トマト缶詰の中から出てきた紙片についての説明を求めてきました。
ジョヴァンニは顔面蒼白しました。彼の会社、モデルとなる製造ライン、数多くのコントロールにも関わらず、自社の製品に紙片が入っていた?自身への不名誉、将来のビジネス、ファミリー企業としての真面目さや正確さへの危機、彼らの企業活動において起こった事のないような汚点となってしまう前例。
ハルシロは、この紙片にはイタリア語で何かが書かれており、対策を講じる前に文字のの内容を知りたいので、至急それをファックス送信したいと説明しました。そして翌日には紙片を平らに慣らしてきれいにし、コピーを取ったものがファックス送信されてきました。
ジョバンニは、ファックスを受信すると身震いしました。
彼は何があっても心の準備ができていましたが、まさか目の前にラブレターが現れるとは思ってもみませんでした。
手紙は次のように始まりました。
「最愛のアンナ、ごめんなさい。でも、あなたに向き合って、どれだけあなたを愛しているかを話すことはできません。 誠実で、純粋で、深い愛であなたを愛しています。これはあなたのありのままの存在と、あなたが偏見なく私と友でいてくれる事から湧き出ています。
私は決めました:私は妻と別れます。私はあなたと結婚し、私の人生の残りをあなたと一緒に過ごしたいです。 私は妻に離婚を要求し、息子の養育を依頼しようと思います。あなたもそれを望んでいると言ってくれたなら、明日の朝に事を進めます。
朝の最初にあなたの事を想い、頭を枕に置く一日の終わりにもあなたの事を想います。あなたがそれを望んでいなければ私に言ってください。そしたら私はあなたを二度と煩わせる事はせず、私は愛していない人と一緒に暮らすことを受け入れます。
あなたのフランコ」。
「コイツらは私を破滅させたいのか」ジョヴァンニは叫んだ。「どこにいるんだ?」
「会計士、今すぐ彼らをここに呼んできて!」
彼らは直ちに経営者の元に召喚され、事実を理解し出来事をたどる試みがなされました。
彼ら二人の説明により事の顛末がすぐに説明されました。紙の玉の不幸な飛行の経路も。
アンナがフランコに「イエス」と返事をしたばかりの今となっては、二人にとって状況は思わしくありませんでした。
イエスと返事をしたのはアンナも同じ感情を持っていたからで、勤務シフトの終わりに彼女もそれを告白し、初めて、彼らは秘密につかの間のキスを交換しました。
ジョヴァンニはイシカワ・ハルシロに返事をしなければいけなかったのだが、一体何と言ったら良いのだろうか?
「真実、事実を言おう」ジョヴァンニはそう叫び、紙片にあった内容と、今回の事故への心からの謝罪と発生の説明を彼の商業通訳者に翻訳してもらい、返信しました。この通訳者は通常、納品書や請求書、あるいは商業レター類を取り扱っており、ラブレターは取り扱うのは初めてだったでしょう。
返事はすぐに来ました。ハルシロは翌日電話をしてきて、今回起こった事に深く衝撃を受けたと言いました。これは他のいかなるケースでも商業関係を損なう程の重篤な出来事ですが、彼は謝罪を受け入れ、今後も彼らから製品を購入するつもりだと言いました。何故ならすべての原因は「コクハク」であり、日本人にとって愛は何よりも勝る事であるからだと。
ジョヴァンニは深い安堵のため息をつき、再び二人を呼び出してこう言いました。「100年は生き延びてもらわないとな。君たちを解雇することはないから。でも私が救った訳じゃなく、ミスター・イシカワのおかげかあるいは「コクク…」もういい。もう行ってよろしい。」
二人はお互いを見て、解雇されなかったという事実以外は何も理解せず、「コクク」が何であるかも理解しませんでしたが、その日から二人は離れることはありませんでした。
「コクハク」という言葉は文字通り「告白」を意味し、主に愛の告白を指すために使用されます。 理想的な「コクハク」は、可能な場合はロマンチックな環境で行われ、「好きな人にあなたの気持ちを宣言」して二人の関係をオフィシャルにするために実施されます。 その瞬間から、宣言が成功すると、一種の独占状態が始まり、それが結婚につながります。
Buatta s.vo f.le =文字通りこの言葉はジャーとか、フルーツのシロップ漬けからトマト、ナス、ピーマン、コーヒーに至るまでの食料品を販売するために使用される円筒形のブリキ容器です。 意味は理解しやすいです。 語源はフランス語の「boite(ボアト)」に由来します。